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zoom RSS ドラキュラ城の運命は・・・?

<<   作成日時 : 2007/04/03 04:27   >>

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“ドラキュラ城”売ります――94億円売却に住民激怒

ドラキュラ伝説の本場として知られるルーマニアのトランシルヴァニア地方が、今、伝説の舞台となった“ドラキュラ城”ことブラン城の売却話に騒然としているそうです。。。(´・∀・`)ヘー


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実はこのブラン城、ルーマニアきっての観光名所であるにもかかわらず、個人の所有物になっているそうで、所有者が高額な維持費を負担できずに売却を決意したとか・⌒ヾ(*´_`)ポイ


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で、売却先はてっきり地元の公的機関になるのかと思いきや、所有者の提示した94億円という売却価格のせいで折り合いがつかなかったらしく、いわゆる海外の投資家と称する胡散臭そうな筋へ売却する方向で話が進んでいるようです。。。アワ((゚゚дд゚゚ ))ワワ!!


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長年ドラキュラ観光の恩恵をこうむってきた地元住民は、当然のようにこの売却話に反発しています――たしかに住民にとって、ドラキュラ城は地元の象徴みたいなものなのでしょうけど、だからといってドラキュラ所縁の城をルーマニアの歴史そのものと決めつけるのは、さすがにいかがなものかと・・・


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もっとも、ブラン城そのものは、中世に建てられたごくごくフツーの城で、古城にはつきものの秘密の通路牢屋跡がある以外は、これといったゴシックめいた趣向は見当たらず、ドラキュラにとっては鬼門筋にあたるはずのマリア像らしきものまで展示されていたりと、観光客が拍子抜けするほどのどかなたたずまいを見せているそうです――これで見学料が560円というのは、はたして安いのか高いのか


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地元にとって、ドラキュラは最大の観光資源――定番のマグカップをはじめとするドラキュラ・グッズはもちろんのこと、ドラキュラ・ワイン(もちろん赤!)に、ケチャップを血糊に見立てたドラキュラカツレツなどなど、いささか悪のりが過ぎるのではないかと思えるほどドラキュラ商法花盛りです


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けれども、その陰で売却交渉は着々と進行しているようで、城の所有者の代理人を務める弁護士は、94億円の言い値で買ってくれそうな海外の観光専門家の存在をちらつかせています――まあ、それがお仕事だから仕方ないのでしょうけれど、ドラキュラを餌にしてとことん金を搾り取ろうとするそのたくましい商魂、まさにドラキュラの生き血をもすすりかねない現代版吸血鬼といったところでしょうか

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以上が先日TVで報道されたドラキュラ城売却騒動の顛末ですが、どうも今ひとつ納得できないところがあります――というか、そもそもブラン城が個人の所有物だったこと自体初耳でしたし、これだけの城を所有しているにもかかわらず、ニュースのなかでは城の持ち主について一言も触れていなかったのが、非常に物足りなく感じられました

そこでドラキュラ城売却について少し調べてみたところ、イギリスのデイリー・テレグラフ紙とサンデー・テレグラフ紙のWebサイトTelegraphで、1月初旬に掲載された次のような記事を発見しました

個人的な性癖をどのように評価されようとも、血だまりから金を生みだすことにかけては、人間に対する残虐な行為に熱中したその道の第一人者、串刺し公ヴラドに匹敵する人物など、めったに見あたらないと言えるだろう。

ブラム・ストーカーのドラキュラ伯爵のモデルになったこの15世紀の暴君は、トランシルヴァニア地方のブラショフ近郊にあるブラン城に一時期居住していたことがわかっているが、その待遇については史料によって記述が異なるため、賓客として手厚くもてなされたとも、囚われ人として拘束されていたとも伝えられる。

はっきりしているのは、14世紀の要塞を博物館に改装したこの壮麗な建物が、自ら好んで実行した処刑法によって歴史にその名を刻んだ悪名高きヴラド公所縁の場所であっても、現金収入を得るうえでは何ら支障がなかったことだ。それが今や、4,000万ポンドという戦慄を覚えるような高値で売りに出されている。

「ドラキュラ城」の通称で知られるこの城は、観光名所としては定番中の定番となっており、年間45万人もの観光客を集めている。かつては、英国のヴィクトリア女王の孫娘でルーマニア王家に嫁いだマリエ王妃の居城になっていたが、1956年にブラショフ県の共産党政権によって接収されてしまった。

それが8ヵ月前(2007年1月6日現在)に、今後3年間は国営の博物館のまま残しておくという条件で、ドミニク・フォン・ハプスブルク(69歳)を名乗る旧王家の末裔に城が返還された。にもかかわらず、アメリカ在住のグラフィック・デザイナーであるフォン・ハプスブルク氏は、ヴラド公の亡霊と同居するくらいなら、売却可能なうちにその利益を甘受するほうがよっぽどマシだとの考えを、返還当時から固めていたのだった。

王家の居城としての外観を維持しているこの博物館は、入館時に大人ひとりあたり2ポンド40ペンスの料金を徴収しているので、新たな所有者となる買い手にとっては、長期にわたる収入を保証してくれる打ち出の小槌を確保したも同然である。

57室あるこの中世の城の購入を最初に選択する権利は県当局に与えられているが、ひょっとすると城が再び個人の所有物になるかもしれない。「ええ、たしかに」と、広報担当官のアレックス・プリスクは語り、そうなればヴラド公も拍手喝采を送るだろうとつけ加えた。「ただし、血も凍りつく寒さが待っていますけど。城にはセントラルヒーティングが設置されていません――ごく小さな一部の部屋に電熱器が数台置かれているだけです。屋内にいるときでさえ、暖かい冬用のジャケットを着用しなければなりません」

それに加えて、メンテナンスと修復にも費用がかかるのだから、これはもう頭を抱え込むどころでは済まなくなるだろう。「城内のあちこちで、何かしら手を入れなければならない箇所が常に見つかっています」と、1998年からガイドを手伝って、城めぐりの観光客を案内してきたアレックスは述べている。「もっとも、1377年に建てられたにしては、城の状態はかなり良好ですけど。
もちろん、個人用の住居に改装する場合は、莫大な費用がかかるでしょう。けれども、投資物件としては非常に良い出物なのです」

その波乱に富んだ歴史にふさわしく、ドラキュラ城は、ルーマニア共和国の首都ブカレストから105マイル(約169q)離れたブラン村を一望する、高さ200フィート(約61m)の岩山の頂上に建っている。部屋と塔は中央の中庭をぐるりと囲むようにして配置されている。それとは別に、地下通路で結ばれた部屋も存在する。

14〜19世紀にかけて収集されたルーマニアと諸外国の調度類や美術品の膨大なコレクションが城内にあることを考えると、提示された売却希望価格にもあるていどは納得がいく。ほかにも7エーカー(約2万8,329u)の森とこぢんまりした建物3棟が、売却物件のなかに入っている。

ブラショフ県議会には、城を購入できるか否かを検討するために30日間の猶予が与えられているが、所定の期日を過ぎるとドラキュラ城は、その喉元に飛びつきたくてうずうずしている個人バイヤーへ売りに出されることになるだろう。

2007年1月6日付「Telegraph」より(訳:Kirara405)

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記者がイギリス人のせいか、ルーマニア王室の末裔にして、かのハプスブルク家の家系にも連なる一族に生まれながら、由緒ある国宝級の城をあっさりと売りに出したアメリカ在住のドミニク氏に対して、そこはかとない悪意を感じさせる記事になっていますが、たしかに城の返還時に向こう3年間の現状維持という付帯条件がつけられていたのなら、それを一方的に破った上に、地元の自治体ではとうてい支払えそうもない破格の売却価格を提示してきた、ドミニク氏の行為に地元住民が激怒するのも、無理はないかもしれません

なお、記事の内容を補足しますと、そもそもこのブラン城は、1920年に当時のルーマニア国王フェルディナンド1世(在位1914〜1927年)の妃であったマリエ王妃に、ブラショフの人々から献呈されたものだそうです――そのマリエ王妃の遺言によって、城は娘のイリーナ王女に遺贈されますが、城の返還が決まった時には王女がすでに亡くなっていたため、彼女の最初の夫にしてトスカーナ大公家の末裔でもあるアントン・フォン・ハプスブルク氏との間に生まれたドミニク氏に、ブラン城が返還されることになったようです(参照:Ineffabilis!

ちなみにマリエ王妃自身は、この記事にもあるように、ヴィクトリア女王の次男にしてエディンバラ公に叙せられたアルフレッド公の長女にあたり、エディンバラ公女メアリーとしてルーマニア王家に輿入れしましたが、その直後に父アルフレッドが、ドイツのザクセン=コーブルク=ゴーダ公位を継承していることから、ザクセン=コーブルク=ゴーダ公アルフレートの長女として紹介されることが多いようです

余談ついでに、かつてのルーマニア国王で、ドミニク氏の従兄にあたるミハイ1世(在位:1927〜1930年、1940〜1947年)も、86歳という高齢でありながらいまだに健在で、ルーマニア国内に在住しているそうですが、本来だったら自分が相続していたかもしれない城が祖母の遺言のせいで従弟の手に渡り、外国資本に売却されようとしている現状をどのように思っているのでしょうか

たしかに元王族とはいえ、中世の城を個人の力で維持していくのは、いくら観光収入があるにしてもかなりの負担を強いられるでしょう――ドミニク氏が城の売却を決意した裏には、そうしたやむを得ない事情もあると思われますが、だとしても94億円という売却価格をいきなり突きつけて、びた一文負けようとしない、良くも悪くもアメリカナイズされた交渉術を見ていると、どうやらドミニク氏にとってのブラン城とは、棚ぼた式に転がり込んできた打ち出の小槌以外の何物でもなく、自分の祖先とその歴史に対する敬意や、ドラキュラ伯爵のモデルになったヴラド・ツェペシュ公への畏怖心などが入り込む余地はほとんどないようです

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ところでブラム・ストーカー吸血鬼ドラキュラに登場するドラキュラ伯爵ですけど、一般には15世紀のワラキア公ヴラド3世をモデルにしたと言われていますが、この両者に共通しているのは、「ドラキュラ」というヴラド3世の通称だけだったようです。。。(~ー~) ヘエ〜

しかも、この「ドラキュラ」なる称号自体、本来はドラクルの子を意味するとか――ヴラド3世の父ヴラド2世竜騎士団の騎士に叙任され、ドラコにちなんでドラクルと称されたことから、その息子の3世(ツェペシュ)にも「ドラキュラ=ドラクルの子」という通称がつけられたと言われています

ヴラド3世自身、ドラキュラという通称を気に入ってたらしく、ヴラド・ドラキュラと書かれた本人の署名もいくつか残っているそうです――まあ、神ならぬ身としては、まさか後世でドラキュラが吸血鬼の代名詞になるとは思わなかったでしょうから、串刺し公よりは小竜公のほうが、はるかに外聞がいいのはわかりますが・・・(*^m^*) ムフッ

とはいえ、もうひとつの通称ツェペシュの由来となった串刺し刑にしても、ヴラド3世だけがそうした残忍な刑を好んでいたわけではなく、当時のヨーロッパやイスラム圏では、重罪を犯した農民が串刺し刑に処せられることはそう珍しくなかったようです

ただ、ヴラド・ツェペシュが際立っていたのは、領主を平気で裏切るような国内の貴族たちを片っ端から串刺しにしたことで、このヴラド3世の粛清を快く思わなかった諸外国の敵対勢力が、ヴラド公の残忍さと暴君ぶりを強調して噂を広めていった結果、本当はほかの領主もやっていた串刺し刑が、ヴラド・ツェペシュの専売特許のようになってしまったと思われます.... ヽ(冫、)ノ アルァ!!

もっとも、現代のルーマニアでは、ヴラド・ツェペシュのことを、オスマン・トルコをはじめとする諸外国と戦った救国の英雄として再評価しているそうです――それどころか、チャウシェスク政権が崩壊した1989年まで、ヴラド公が吸血鬼ドラキュラのモデルだったことを知らなかった人が多かったらしく、祖国の英雄が化け物扱いされていることに複雑な思いを抱く人もいたようです

それが今では、ヴラド・ツェペシュがほんの一時期滞在したに過ぎないブラン城が、ドラキュラ城としてルーマニアきっての観光名所になり、その城下町はドラキュラ・グッズであふれかえって便乗商法が大繁盛――そして、城の相続人である王家の末裔は、目一杯の高値で城を売り飛ばそうとしている・・・

やっぱりσ(・Д・)は、ドラキュラよりも人間のほうが怖いですね。。。ヽ(ヽ゚ロ゚)ヒイィィィ!!!

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小説や映画で有名になったドラキュラ伯爵(画像左:クリストファー・リー演)と
そのモデルになったとされるワラキア公ヴラド・ツェペシュ(画像右)

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
ドラキュラさんも草葉の陰で如何思っていることか・・・
人の欲と業の深さは段々増しているようにも思われますが・・・

いつもながら、キララさんの取材力、構成力には引き込まれます。

楽しい記事をありがとう〜♪

 
レオポン
2007/04/10 12:43
レオポンさん、コメントありがとうございますm(_ _"m)ペコ

結局、業深き人間社会においては、十字架やニンニクよりも現ナマのほうが、はるかに強力な威力を発揮するということでしょうか?

願わくば、買い手の外国資本が日系企業だった、なんてことにならないように・・・(-人-)ナムナム
Kirara405
URL
2007/04/10 13:22
えっ!まさか・・・ドラキュラ城といえば思いだす・・
コ○ミさんですかねぇ〜買い手の外国資本って(爆)
 
レオポン
2007/04/11 12:17
(⌒^⌒)b なるほど〜!

○ナ○さんだったら、そういうことも・・・アリ?
で、リアルで悪魔城ゲームをやるとか?(*^m^*) ムフッ
Kirara405
2007/04/11 14:02

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